ニーハオ!中国
朝6時に起床。少し早い気もするが、出発準備を整え、yokoさんと共に部屋を出た。
ウドンサイのバスターミナルでラオス側の国境の村、ボーテン行きのバス切符を買ったのが、7時頃。
バスはまだ来ていないらしいので、その間に、バスターミナル内のパン売りのオバチャンからパンを3,000kip分買って、それを持って、バスターミナル内の喫茶店へ行き、最後のラオコーヒーを飲みながらの朝食。
今日でこのコーヒーを飲むのは終わりなのか。と思うが、別に寂しくはない。
僕は早く、中国へ行きたいと思っている。
ラオスは、ほんと中継ぎ、東南アジアから中国へ行く中継地点。
陸路で移動をするには、通らなければならない国だった。
しかし、最初はそんな風に考えていたけども、来て良かった。と思えるのは何故だろう?
やっぱりラオスは癒される国なのだろうか?
コーヒーを飲んでいると、ボーテン行きのバスが来たが、何故か?すでに満席です。
このバスが、ここへ来るまでに、乗客を乗せて来たのでしょう。
しかし、僕は次のバスが、いつ来るかなんて分からないし、これに乗らなければ、今日の目的地、中国側の街、モンラーまでたどり着けるかどうかと不安だったので、立ってでもこのバスに乗ろうと思い、荷物を持ってバスの中へ入ると、このバスの次に出発するボーテン行きのバスが来たので、そちらへ。
次のバスの運チャンに「いつ出発?」と尋ねると、「わからない。満席になったら。」と言われ、これじゃ、今日の予定が大きく狂って大変かもと思っていたのですが、30分もたたないうちにバスは満席になった。
僕は2日間共に過ごしたyokoさんに「お互い気を付けて旅をしましょう。」と握手をして、お別れをし、再びバスに乗った。
そして午前8時半にバスはウドンサイを出発。
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車内は外国人旅行者が僕を含めて9人。その内5人が日本人だ。
欧米人は英語がほとんど通じない中国へ行きたがらないと言う、ウワサは本当のようだ。
残りの人は中国人が多く、車内には中国語が飛び交っていた。
なんか広西自治区のイナカのバスに乗っている気分です。
道路事情は乾期のため、舗装されていない道路は砂埃がひどいが、別に苦はありませんが、かと言って、快適でもありません。でもこれが雨期だったら、キツイ道中になっていたかも。
バスは約4時間でラオス側の国境の村、ボーテンに到着した。
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(上)ラオス側の国境、ボーテンにて
(下)中国側、モンラーのイミグレーション
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ボーテンは村と呼べるほど、家屋があるわけでもないが、ゲストハウスはあります。
バスはイミグレーション・オフィス近くに止まったので、僕は一人歩き、さっさとラオスを出国。
ラオスは6泊7日。本当に足早に通過しただけだった。サラバ!ラオス。
これからは中国文化圏なので、東南アジアともお別れだ。サラバ!東南アジア。
トゥク・トゥク代として残しておいた、2,000kipでトゥク・トゥクに乗って、中国側の国境、モーハンへ。
僕は、中国の出入国管理局で素早く入国を済まし、外へ。
この漢字だらけの看板や、特徴のない建物などを見ていると、とても懐かしい。ニーハオ!中国。
今回の旅は、中国の民族が1/3も住んでいる雲南省です。どんな所なんでしょうか?
僕は、ここから先の街、モンラー行きのミニバスの前で待っていましたが、同時に入国した欧米人達が入国に手こずり、さらにバス代が20元なのは高いと文句を言っているので、なかなか出発できません。
英語で言っても、相手に通じないのが中国の良いところです。
欧米人は、やっと諦めてくれて、バスが出発したのが、中国時間の午後1時40分。
道路はほとんどが、アスファルトで舗装されていたので、バスは快調に走る。
ラオスと国境は接してはいるが、やはり中国、家屋の造りがラオスとは違い、瓦屋根や土壁の家が多い。
道路を封鎖しての道路工事に運悪く遭遇してしまい、数十分間待ちぼうけすることもあったが、バスは午後3時30分頃に、今日の目的地、モンラーに到着した。
僕は、荷物を背負い、ガイドブックに載っている地図を見ながら、ガイドブックに載っていた、一番安い宿を目指して歩いていましたが、今、僕が居る地点は、地図上ではどこなのだろうか?
モーハンから到着したバスは、地図には載っていないバスターミナルに到着したから、現在地点が、地図内なのか地図外なのかも、分かりません。
そして、僕が持っているガイドブックの地図の正確性にも疑問が持たれるので、僕は人に聞きながら、宿に向かって歩いていましたが、遠い。
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モンラーの食堂にて
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再び地元の人に聞くと、遠いから人力三輪車で行け。と言う。
その人が人力三輪車をつかまえてくれて値段交渉もしてくれたので、1元(約15円)で行くことが出来たが、人力三輪車のオッサンは外国人を乗せているのに、1元だなんてって感じで、不満そうであった。
そしてやっと、金橋大酒店に到着した。宿代は60元だと言う。
値引きの交渉をするが、聞き入れてはくれなかった。
1泊だけなので、少し高いがここに泊まることにしたが、中国の宿は押金(前金)があるので、僕が今、持っている中国元では足りず、両替をしてから払うことにして、ガイドブックの地図に載っている中国銀行を目指すが、ここからは遠いので再び人力三輪車に乗り、中国銀行と言うと、「そんなんない。」と言う。
そんなことないやろ?と思い、地図に載っている地点まで行くが、ほんまに中国銀行はない。
人力三輪車のオッサンは余分に走った分の金を請求してきたが、俺はこのオッサンに怒ることはなく、この『地球の歩き方、雲南省編』を作ったヤツにムカツイタ。
で両替はと言うと、最初にオッサンが止まってくれた、中国農業銀行の2階で出来ます。
これでお金も手に入れたし、一安心。僕は屋台でかなり遅い、昼食を取った。
今回の宿は、中国だけあって、テレビ付きでございます。僕は久しぶりにテレビに釘付けになろうと思い、売店でカップラーメンとビールを買って、部屋へ。
ここモンラーという街は、もっとイナカかと思っていたのですが、ラオスから来た者にとっては、けっこう都会に映ってしまう。別に特徴のない街なのですが、何処へ行っても同じなのが中国。
ここが日本だったら、拍子抜けなのですが、これが中国です。
明日は景洪(ジンホン)へ行く。ここから僕の中国の旅が始まる。
1元=約14.8円
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